1.はじめに
ウィシュマさんは医療体制の不備で死んだのか?
2021年3月6日、名古屋入管に収容されていたスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)が亡くなりました。
死亡事件を受けて入管庁は、同年8月10日に「名古屋出入国在留管理局被収容者死亡事案に関する調査報告書」(以下「調査報告書」)を公表。翌22年2月28日には、法務大臣の設置した有識者会議(出入国在留管理官署の収容施設における医療体制の強化に関する有識者会議)が「入管施設における医療体制の強化に関する提言」(以下、「提言」)をまとめました。
「調査報告書」において入管庁は、ウィシュマさんの死因は明らかとならなかったとして名古屋入管の責任を否定し、改善すべき問題点として医療体制の不備があったとしました。そのもとで「提言」では、常勤・非常勤医師などの確保による診療体制の強化・医療用機器の整備などの必要性を述べています。
しかし、ウィシュマさん事件について、「医療体制の不備」が問題の本質だと本当に言えるのでしょうか?
「医療体制の不備」ではなく見殺し
ウィシュマさんと直接面会していた私たち支援者が把握している状況や、入管庁の報告書・監視カメラのビデオ映像の開示によって明らかになった死亡に至る経緯をみると、当時の名古屋入管の医療体制のもとでも、命を救える機会は何度もありました。
まず、早期に仮放免[1]していれば、ウィシュマさんは死なずにすんだはずです。
また、仮放免せずに収容を続けるにしても、本人や支援者が再三求めていた点滴治療を受けさせていれば、ウィシュマさんの命が助かった可能性は高いでしょう[2]。ウィシュマさんを車で病院に連れていき入院させるぐらいのことは、名古屋入管の当時の「医療体制」のもとでもできたはずです。名古屋入管は、やろうとすれば簡単にできたはずのことを「やらなかった」のです。「医療体制の不備」のせいで「できなかった」ということでは、ありません。
そして、せめて亡くなる6日の早朝もしくは前日に救急車を呼んで病院に搬送していれば、最悪の事態はまぬがれたはずです。ウィシュマさんは亡くなる何日も前から、自力で摂食も歩行もできず、言葉を発することも難しく、職員の助けがなければ座位をたもつことすら困難という状況でした。死亡前日の5日午前7時52分頃、看守職員がウィシュマさんのバイタルチェックをおこないましたが、血圧・脈拍の測定ができない状態でした。また、この頃、看守勤務者が被害者の目の前で手を何度も振るなどしたのに対しても、反応しないこともありました。ところが、名古屋入管がようやく救急車を呼んだのは、6日の午後2時すぎ。職員がウィシュマさんの体にふれて脈拍が確認されず、指先が冷たいのを確認した後です。
こうした経緯をみるに、ウィシュマさん事件において問題なのは、「医療体制の不備」というよりも、名古屋入管が当時の医療体制でも可能であったはずの救命のための措置を「とらなかった」ことです。だから「なぜ救えなかったのか?」という問いでは不十分なのです。「なぜ入管は救える命を救わなかったのか?」「なぜウィシュマさんを見殺しにしたのか?」「どうして収容された人の命や健康をこれほどまでに軽んじるのか?」ということこそ、問わなければならないのです。
なぜ、入管は救えた命を救わずに見殺しにしたのか。それは、収容を継続し精神的にも身体的にも追いつめ帰国させること、すなわち送還促進のための処遇、送還業務を、ウィシュマさんの命よりも優先させたからにほかなりません。こうした人命よりも送還を重視する方針を入管が実際にとってきたということについては、このリーフレットでくわしく述べていきますが、まず入管の収容送還方針とウィシュマさん事件との関係性について、以下に簡単に指摘しておきます。…
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[1]入管施設において一時的に収容を解く(出所させる)措置のこと。被収容者の健康状態が収容にたえられないなどの理由で、施設の長(入管センター所長や地方入管局長)がおこなう措置。ウィシュマさんは2021年1月4日に1回目の仮放免許可申請をおこないましたが、2月16日に名古屋入管は本人に不許可を通知。これを受けウィシュマさんは2月22 日に2回目の仮放免許可申請をおこないましたが、その判断がくだされることなく、3月6日に亡くなりました。
[2]ウィシュマさんは2月15日の尿検査で「ケトン体3+」という数値が出ていたことが「調査報告書」からあきらかになっています。「飢餓状態」を示すとされる数値です。しかし、以後、亡くなるまでのおよそ20日間にわたり、名古屋入管はウィシュマさんにこの数値を改善させるための治療をなんら受けさせずに放置しました。この間、3月4日の精神科受診をのぞき外部の病院の受診を一度もさせず、入院はおろか点滴治療を受けさせず、名古屋入管はウィシュマさんをまさに見殺しにしたのです。
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