2021年3月6日、当時名古屋入管に収容されていたスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが亡くなってから、間もなく1年が経ちます。
私たち、入管の民族差別・人権侵害と闘う全国市民連合(略称:入管闘争市民連合)は、全国で入管問題に取り組む団体や個人を結集し、22年秋の入管法改悪阻止および戦後入管体制の改革を達成するための全国的な闘いを作り上げるために結成された組織です。
それらの目的を達成するために、我々は以下の2点を求めています。
ウィシュマさん事件の真相究明、入管医療の抜本的改革、再び提出されるであろう入管法改悪法案を廃案とすること。
『送還一本やり方針』を撤回し、在留特別許可基準の大幅緩和と国際基準に基づいた難民受け入れの実施。
以下、この2点を求める背景についてお話します。
ウィシュマさん事件の本当の問題点
ウィシュマさんの死亡事件は、何も解決していません。まず以て、死亡経緯や原因、入管の対応を検証するためには必要不可欠な、ビデオが未だ全面開示されていません。ウィシュマさんのご遺族は、「入管収容施設で何が起こっているかを、外国人が、そして日本社会の人たちが、国際社会が知るべき」だと考え、「姉のような悲惨な事件が起きないよう声を上げるべきだ」との思いで、入管にビデオの引き渡しを求めています。
しかし、入管はビデオの開示も国会へ資料を提出することもないまま、「解決済み」事件とし、「入管の医療体制の強化」に矮小化した「医療問題」のとして幕引きを図っています。
しかし、それは根本的解決には到底寄与しません。医者と患者の関係に入管が介入することによって、患者の権利が守られず、医者の独立性も確保されず、医療が歪められている現状こそが問題であるのです。我々はそこを問題化し、入管医療体制を医者の独立性が確保される方向へ根本的に改革することを求めています。
ウィシュマさん事件の責任の所在
~「2015,16年通達」と「送還一本やり方針」~
ウィシュマさんの死亡事件以前にも、入管収容施設内での死亡事案は複数発生しています。その1つが、2019年6月、長崎県の大村入管で起こった、ナイジェリア人餓死事件(大村入管死亡事件)です。このナイジェリア人の方は、収容所から一時的に解かれる仮放免を求めてハンガーストライキを行った末、亡くなりました。
省庁管轄の施設内で餓死者が出るという信じがたい事件ですが、入管庁は対応について責任を不問としました。むしろ、「長期収容の問題は強制送還によって解決されるべき」との趣旨を、当時の入管庁長官は主張しました。
つまり、出国すれば収容は解かれるのに、自ら出国しなかったナイジェリア人に事件の原因があり、入管が収容送還を促進することそのものには何の問題もないということです。
この入管庁の立場の背景には、2015,16年の本庁通達があります。それまで、仮放免制度を弾力的に運用し、長期収容をできるだけ回避するよう求めた『2010年通達』に沿って現場は動いていました。しかしそれを撤回し、2015年9月に、仮放免許可と延長を厳格化するとする通達が、2016年4月に、「送還忌避者の発生を抑制する適切な処遇及び送還業務について、(中略)、我が国に不安を与える外国人の効率的、効果的な排除に、具体的かつ積極的に取り組んでいくこと」との通達が、それぞれ出されました。
つまり、これ以上収容され続けるのは耐えられないと思わせる処遇や長期収容の徹底化が本省からの方針であり、現場である各入管局、各収容所センターにおいて本省方針をより一層厳格にすることが、適切な入管収容施設の在り方であるとされたのです。
結果、全国的に長期収容化が進み、人権侵害を手段にして帰国を強要する処遇がこれまで以上に徹底強化されました。その最悪の結果が、2019年のナイジェリア人餓死事件です。15,16年通達は、被収容者が死んでも構わない、送還のための処遇を徹底化せよ、と現場に指示したことと同じです。こうして大村入管死亡事件後も送還優先の処遇が徹底化され、2021年3月6日のウィシュマさん死亡事件が起きたのです。
以上の経緯から、ウィシュマさん死亡事件の責任の所在は入管庁本省にあることは明らかであり、自らの責任を棚に上げ、職員教育の不足や医療問題に矮小化することは許されません。
「送還忌避者」は誰が生んでいるのか?
これまで、ウィシュマさん事件の所在は入管にあることを明らかにしてきましたが、彼女は入管の造語で言う『送還忌避者』でした。送還忌避者とは、退去強制処分を受け、送還の対象となっている人たちのことを指しており、2021年現在、入管庁は「送還忌避者数」が、3,103名であると発表しました。私たちが言う入管の「送還一本やり方針」とは、入管が、この3000人強の被退令者の全て、あるいはそのほとんどを、在留資格を与えず、送還しようとすることを指しています。
問題は、この送還の対象となっている3000人強の中に、難民不認定となって退去強制処分となった難民の人や、在留特別許可を与えられないまま送還を忌避せざるを得ない人たちが数多存在していることです。その中には、両親が仮放免者で、日本で出生し、生まれながらの仮放免者となった未成年者など、未成年仮放免者が約300人もいます。
彼らの多くは、母国に帰れば命の危険がある人、日本に数十年以上滞在し、日本で生活基盤を築いている人等、母国に帰りたくても帰れない(送還を忌避せざるを得ない)人々です。
秋に再提出される予定の入管法改悪案は、このような送還を忌避せざるを得ない人たちに、刑罰等を科すことで送還を促進することを目的にしています。ですがそれは不可能です。刑罰を科したところで、難民であることや子どもの将来や家族や家庭を失うことなど、送還を忌避せざるを得ない事情に変化が起きるわけではないからです。
そもそも、「送還忌避者」が増大している理由は何なのでしょうか?それは、
国際難民認定基準 であるUNHCRのガイドラインとはかけ離れた厳格すぎる難民認定制度を運用していること。
国内的には、在留特別許可の基準を強化し、人道上の重大な事由がある人への在留特別許可を与えず、退去強制を受け入れることができずに日本に留まらざるを得ない「送還忌避者」を入管が自ら増大させてきたこと。
主に、この2点です。つまり、送還忌避者を生み出し、増大させているのは入管自身であるということです。この事実に向き合わずに、強制送還によって減少させようとしたのが「送還一本やり方針」であり、そのための施策が2015,16年通知・指示であり、その最悪の結果が2019年の大村入管死亡事件や2021年のウィシュマさん死亡事件です。
おわりに
以上、まとめると、
ウィシュマさんの死亡事件は医療体制の不備ではなく、医者ー患者(被収容者)の関係に入管が介入することで、患者の権利と医者の独立性の侵害され、医療が歪められることが根本的な問題である。
2015.16通達によって、送還忌避者を、長期収容による自主帰国と強制送還によって減らす「送還一本やり方針」が入管では徹底され、この下で「人権・人命より送還」を優先した処遇が現場で表出。その結果、多数の死亡事件が発生している。
そもそも送還忌避者は、国際基準とはかけ離れた難民認定基準と、在留特別許可の厳格化によって、入管自らが生み出している。
これらを踏まえ、我々は
ウィシュマさんのご遺族および社会へのビデオの全面開示
入管医療体制の抜本的改革
送還忌避者の減少のために、在留特別許可の大幅緩和
送還忌避者の減少のために、国際基準に基づく難民受け入れ
3、4実施を以て、送還一本やり方針の転換
を求めています。
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